大阪高等裁判所 昭和43年(う)950号 判決 1978年7月24日
主文
本件控訴を棄却する。
当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人前尾庄一作成の「提訴趣意書」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。
原判示第一の事実(恐喝)に関する控訴趣意について
右控訴趣意第一点について
論旨は、要するに、原判決は、「奥丹後繊維製品小売統制組合では山崎留吉が責任者となつて各組合員からの出資金で、京都市中京区東洞院蛸薬師上るに在る松竜産業株式会社から白絹サージ等を購入したところ、右商品は当時いわゆる統制品であつたため、移動できないまま各組合員の手許に渡ることなく」と判示しているが、奥丹後繊維製品小売統制組合(以下本件組合と略称する。)は適法に繊維製品の配給を受ける権利を与えられた組合であり、松竜産業株式会社も本件当時は卸売会社であつたのであり、本件組合の組合員は本件組合の外商部長であつた山崎留吉を代表者として右会社との正常な取引により白絹サージ等の繊維製品を入手する目的で五二万八、九〇〇円を共同購入資金として出資したところ、山崎が勝手に右出資金を利用し統制品である原判示白絹サージ等を前記会社の常務取締役室田章藏からいわゆる闇取引により購入し、そのため右商品を移動することができなかつたのが真相であるから、山崎が本件組合の組合員を代表して右闇取引行為をした旨認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽の違法及び事実の誤認がある、というのである。
そこで、検討するのに、原審第二〇回公判調書中証人室田章藏、同山崎留吉の各供述部分、原審第二三回公判調書中証人千賀逸治の供述部分、証人三浦利喜雄の原審公判廷における供述、証人千賀逸治、同室田章藏、同山崎留吉、同山添祐治に対する当裁判所の各証人尋問調書、室田章藏の検察官に対する昭和二八年一〇月二六日付供述調書、被告人の検察官に対する同年同月一四日付及び同年同月二八日付各供述調書によれば、本件組合は、正規のルートから配給される繊維製品(統制品)の配給を受けてこれを組合員に分配し、それを組合員が合法的に転売して利益を得るためにつくられた組合であり、終戦までは右のような合法的方法によつて繊維製品を入手していたが、終戦直後社会秩序が混乱したため、本件組合の外商部長であつた山崎留吉の提唱により、組合員の出資金で前記松竜産業株式会社にあつた統制品の白絹サージ等を闇取引により購入し、それを組合員に出資金額に応じて分配して利益を得ることとし、これに同意した組合員から出資金を集め、昭和二〇年八月ころ右山崎が本件組合の外商部役員であつた被告人及び千賀逸治を伴つて前記会社に赴き、前記会社の常務取締役室田章藏と交渉して二回に亘り白絹サージ七万五、〇〇〇ヤール(一回目が五万ヤール、二回目が二万五、〇〇〇ヤール)を購入し、その代金七〇万円位を組合員の右出資金から支払つたが、右商品の購入契約後絹織物の統制が強化されて右商品の移動ができなくなり、右商品を組合員に分配することができなくなつたことが認められ、被告人作成の昭和四〇年三月二三日付上申書及び昭和五二年一一月二八日付申述書の各記載等右認定に反する証拠は信用し難く、前記原判示事実は右認定にそう趣旨と解されるから、原判決には所論のような審理不尽の違法ないし事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。
右控訴趣意第二点について
論旨は、要するに、前記の如く、山崎は、本件組合の組合員の出資金を利用し、組合員の委託に背き勝手に前記室田と闇取引をして統制品である繊維製品を入手したうえ、これを組合員に分配しないで横流しをして巨利を得ながら、昭和二三年四月ころ組合員に出資金を返還したのみで利益金の分配をしなかつたのであり、山崎の右所為は物価統制令に違反するのみならず、同人が右繊維製品を組合員に分配しないで換金した所為は業務上横領罪又は背任罪に該当するから、被告人が組合員を代表して右利益金の分配をしないなら山崎を告訴するといつて右利益金の分配を求めてもそれは組合員の権利行使であつて恐喝罪を構成するはずはない。もつとも、右利益金を分配すべき本来の義務者は山崎であるから、被告人も本来なら同人に対し右利益金の分配を交渉すべきであるが、山崎が、右利益金に相当する商品が前記室田に預けてあるというので、同人にその商品の引渡しを求めたところ、右商品は同人の手許になかつたが、その際、事情を知つた同人が、山崎と組合員との紛争の円満な解決を図るため、山崎に代つて山崎の前記利益金分配義務を履行する趣旨で原判示約束手形を被告人に交付したのであるから、被告人が前記利益金を分配すべき本来の義務者でない室田に交渉して原判示約束手形を取得しても恐喝罪を構成するはずはなく、これに反する判断のもとに被告人の原判示所為が恐喝罪に該当するものと認めた原判決には、理由不備の違法があるかあるいは判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽の違法、法令解釈の誤り及び事実の誤認がある、というのである。
そこで、検討するのに、前記控訴趣意第一点の判断に際し事実認定の用に供した前掲各証拠のほか、原審第二三回公判調書中証人宮下甚之助の供述部分、押収してある覚書(当庁昭和四三年押二五四号の17)によれば、山崎は、前記控訴趣意第一点に対する判断の項において認定した経緯により前記会社から白絹サージ七万五、〇〇〇ヤールを購入した後、絹織物の統制が強化されて右商品の移動ができなくなつたので、これを京都市において処分しようと考え、右商品のうち一部を処分した残りの約五万六、〇〇〇ヤールを中国人張慶禎に売却したところ、代金授受がなされない間に進駐軍に発覚して右商品全部を進駐軍に引き上げられたので、前記千賀逸治らと共に右張を探し出し、同人と交渉の結果代金一二〇万円位を取得することができたので、右交渉の仲介をした大塚某に謝礼金三六万円位を支払い、山崎らが右交渉に要した費用約六万円を控除した残りの約七八万円を組合員に出資金の元金及び若干の利益分配金として分配したこと、山崎は、昭和二一年一月ころ前記会社から羽二重一万ヤールを購入する契約をしたが、右契約は同年末ころ解除されたことが認められ、被告人作成の前記上申書及び申述書の各記載等右認定に反する証拠は信用し難い。そして、右認定事実によれば、山崎は前記会社から購入した白絹サージのうち張慶禎に売却した分については何ら利益を得ていないが、その余の分の処分によりその額は明確でないにしても利益を得たものと認めざるを得ず、従つて、同人は右利益を前記出資組合員に分配すべき立場にあつたものといわなければならないところ、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は早見辰二郎と共謀のうえ、右利益を分配すべき立場にない室田に対し原判示のような脅迫を加えて原判示約束手形を交付させたものと認められ、室田の右手形交付が山崎に代つて前記利益を分配する趣旨でなされたと認めるに足りる証拠は存しないから、被告人らの右所為は恐喝罪に該当するものといわなければならず、従つて、原判決には所論のような理由不備、審理不尽の違法、法令解釈の誤り及び事実の誤認が存するとはいえない。本論旨も理由がない。
原判示第二の事実(背任)に関する控訴趣意について
論旨は、要するに、原判決は、原判示網野住宅組合は原判示理由により吉岡一郎に対し、(組合員の持分譲渡については組合の承諾が必要とされているので、もし組合が田中から吉岡への持分譲渡を承認しないものであれば田中善助に対し)原判決添付の別紙目録記載の住宅(以下本件住宅と略称する。)の所有権移転登記手続をすべき義務があるのに、被告人は原判示経緯により城下ひさ名義に所有権移転登記手続をし、その結果、右組合をして吉岡又は田中に損害賠償をしなければならないようにした旨判示しているが、吉岡は田中の組合に対する借受金を同人名義で同人の代理人として支払つたにすぎないから、組合としては吉岡が田中の持分の譲受人であることを知らなかつたのであり、仮に、そうでないとしても、吉岡は当時右組合が供給した住宅を所有していたから、同人がさらに田中の持分のある本件住宅の所有者として右組合から所有権移転登記を受けることは右組合の定款九条に違反し許されず、そうすると、右組合は吉岡に対し本件住宅の所有権移転登記手続をすべき義務はないのみならず、田中は、本件住宅に対する持分を城下ひさに譲渡する真意をもつて右組合への加入脱退届に城下ひさと供に押印して右組合に提出したのであるから、右組合としては、城下に対し本件住宅の所有権移転登記手続をするのが相当であつて、田中に対し本件住宅の所有権移転登記手続をしなければならない義務はなく、従つて、被告人が城下に対し本件住宅の所有権移転登記手続をしたからといつて組合が吉岡や田中に対し損害賠償をしなければならなくなつたとはいえないから、以上に反する事実を判示している原判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があると共に法令の解釈を誤つた違法がある、というのである。
そこで、検討するのに、右組合が吉岡又は田中に対し本件住宅の所有権移転登記手続をする義務があることを認めた理由として原判決が認定した事実は、原判決挙示の関係証拠により優にこれを認めることができる。そして、右認定事実のもとにおいては、右組合は田中の吉岡に対する本件住宅の持分の譲渡を承諾する(右組合の定款一三条により)(右承諾が書類上正式になされた形跡はない。)限り、吉岡に対し本件住宅の所有権移転登記手続をすべき義務がある(右定款二八条により)ものといわなければならないところ、原判決挙示の関係証拠によれば、吉岡は本件当時右組合の組合員として本件住宅以外に右組合から住宅の供給を受けていたものと認められ、このような事情にある同人がさらに本件住宅に対する田中の持分を譲り受けることが本件組合設立の趣旨に照らして許されるかどうかについては疑問がないわけではなく、従つて、右持分の譲渡につき右定款一三条により組合が承諾を与えるかどうかは必ずしも明らかではなく、もし右承諾をしない場合には右組合は吉岡に対し本件住宅の所有権移転登記手続をする義務がないことは明らかであり、原判決が右組合の吉岡に対する本件住宅の所有権移転登記手続義務に関し説示するところは右と同趣旨に解される。
そこで、次に、所論指摘の組合加入脱退届(当庁昭和四三年押二五四号の18、19)中の田中の押印が本件住宅の持分を城下ひさに譲渡する真意をもつてなされたかどうかにつき検討するのに、原判決挙示の関係証拠のほか当裁判所の田中善助に対する証人尋問調書によれば、田中は、右押印当時吉岡との本件住宅持分の売買契約の解除又は城下ひさに対する本件住宅の持分の譲渡の意思は全くなく、吉岡からは昭和一六年ころの契約にかかる本件住宅の売却代金の残金四六〇円位に見合う金員を払つてもらえればよいと考え、その取立方を被告人や岡熊雄に依頼したところ、田中の意に反して田中と吉岡との右売買契約解除の手続をとつた岡から四万円を提供され、依頼を受けた件は円満に解決したから押印してもらいたい旨申し向けられ、同人の言を信じ情を知らないまま前記組合加入脱退届に押印したもので、右押印は田中が本件住宅の持分を城下ひさに譲渡する真意をもつてなされたものではないことが認められ、右認定事実によれば、右組合としては、田中の吉岡に対する本件住宅の持分譲渡を承諾しない限り田中に対し本件住宅の所有権移転登記手続をなすべき義務があるものといわなければならないところ、被告人は岡熊雄及び城下ひさと共謀のうえ原判示経緯、事情のもとに城下ひさに対し本件住宅の所有権移転登記手続を完了し(右事実は原判決挙示の関係証拠により認められる。)、吉岡又は田中が本件住宅の所有権移転登記手続を受けることができないようにしたのであるから、これがため右組合は吉岡又は田中に対し本件住宅の所有権移転登記手続をし直すか又は損害を賠償しなければならないようにしたものといわなければならない。
以上の理由によれば、原判示第二の事実についても原判決には所論のような事実誤認も法令解釈の誤りも存しない。本論旨も理由がない。
原判示第三の事実(私文書偽造)に関する控訴趣意について
論旨は、要するに、原判決は、被告人が利欲をはかるために広瀬泰道の依頼に応じ、同人と共謀のうえ、行使の目的をもつて原判示贈与証書を偽造した旨判示しているが、被告人は、広瀬泰道から、広瀬照はその所有不動産全部を右広瀬泰道に贈与することを承諾しているから、その登記手続をしてもらいたい旨依頼され、河野〓有方で広瀬照の意思を確かめたが、聞き慣れていないため同人の言葉がはつきり聞き取れなかつたので、半信半疑のまま司法書士の職務として右依頼に応じて(司法書士としての手数料以外に利欲を図るために応じたのではない。)原判示贈与証書を作成したが、泰道は右不動産の登記済証を持つていなかつたため、登記申請書に保証書を添付しないと登記することができないので、広瀬照の知人又は親せきに当たる有力な保証人がおれば照の真意がわかると思い、保証人を探しているうちに、河野〓有から親族会議を開いて協議するから登記手続を待つてもらいたい旨の申出があつたので、親族会議の意思決定に従うつもりで親族会議の協議結果を待つていたのであるから、被告人が原判示贈与証書を行使する目的は未定であつて、右目的が存したとはいえず、これに反する事実を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、検討するのに、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、昭和二八年五月一八日ころ、広瀬泰道から原判示のような相談を受け、「広瀬照が承諾すればできる。」と答えたところ、その後、泰道から照の意思を確かめるから第三者として立会つてもらいたい旨依頼され、同月二五日河野〓有方に赴き、同人方において同人が照の意思を確かめるのに立会い、照が泰道には離縁の際に贈与した不動産以外には贈与しない旨の意思表示をしたのを聞知したが、その際、泰道から、本日照が泰道に対し全財産の贈与を承諾したことにして所有権移転登記をしたいから手続をしてもらいたい旨依頼されるや、河野が泰道に対し「無理をするな、親族会議を開こう。」と申し向けたにもかかわらず、利欲を図るため(正規の手数料以上の報酬を得るため)に右依頼に応じ、翌二六日自宅において行使の目的をもつて、原判示の如く広瀬照作成名義の贈与証書一通を偽造し、登記申請書に添付すべき保証書の作成を準備中、被告人が泰道に対しさらに費用として六、〇〇〇円を追加請求したため、その費用の苦面に困つた泰道が被告人に対し右依頼を取消し、被告人も右登記手続を思いとどまり、泰道から費用等として受取つていた七、三〇〇円のうちから二、〇〇〇円を同人に返し、残金を費用等として取得した事実が認められ、被告人作成の前記上申書及び申述書の各記載等右認定に反する証拠は信用し難い。そして、右認定事実によれば、被告人が行使の目的をもつて原判示贈与証書を偽造したことは明らかであるから、原判決には所論のような事実の誤認は存しない。本論旨も理由がない。
よつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却し、当審の訴訟費用は同法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。